ひとつの見方

サムスン電子が終わるとき

「サムスンの危うさはどこにあるか?」「サムスンはどこまでその強みを伸ばせるのか?」だれもが考えつくようなことをもっと低次元で、くだらないと言われるレベルで考えています。

電子部品メーカーで、先行するメーカーの技術をコピーによってキャッチアップし、そこからさらに成長し続けた企業があったかどうか。全く記憶がないのですが、知る限りではインテルくらいしか生き残っている部品メーカーはないのではないか、とぼんやりした記憶をたぐり寄せているところです。そして、浅薄な知識を並べ立てると、サムスンの終わりが見えてくるようで不思議な気持ちがします。

  • サムスンの成長は、2007年のリーマンショック・世界同時株安を契機にした2008年10月の韓国通貨危機を経て、一連のウォン安にサポートされてきた。通貨危機が逆にウォン安を推進する国策となった。目下、円安によるウォン高が韓国の輸出企業に不当な打撃を受けているとアベノミクスを槍玉に挙げている向きもあるが、2004年からの10年間で見たとき、米ドルに対するウォンと日本円との関係は100円/USDでほぼバランスしている。日本円が100円よりも円高になれば、日本の輸出企業はウォンに対して競争力をそがれることになる。
  • 次のチャートが示すように、1年前まで、米ドルに対してウォンは日本円よりも25%程度安く、輸出での優位性があった。日本のハイテク産業はサムスンに対して同等に戦うには25%のコストダウンをしてはじめてスタートラインに並ぶことができた。スマートフォンのリスト価格を30,000円・原価率を30%としたとき、原価は9,000円で、日本のメーカーは2,250円安い6,750円で作らないと競争にならなかった。一般的に言っても、横並びの商品で25%のコストダウンは不可能に近い。為替でゲタをはかされては、日本のメーカーが高密度化された低価格電子部品でサムスンに勝てるはずがなかった。為替で最初の一歩から競争に負けていた。
    では、欧州はウォンと同等のEuroを持っていたにもかかわらず、なぜサムスンに勝てなかったのか?ノキアは単に技術選択を誤っただけで携帯電話トップの座から転落したのか?別の視点から見ると、必ずしも為替が事業機会を奪ったと単純には言い切れないが、ボーダレスの産業構造の変遷はひとつの事業を維持・発展させることのむずかしさを示唆する。
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  • Wikipediaによると、サムスンは「2010年の売上高が韓国のGDPの22%、株式時価総額は韓国株式市場の25%、韓国の輸出額の24%を占め、資産は韓国の国富の3分の1に迫る」企業だ。韓国の労働人口2,300万人に対して、サムスンの従業員数は19万人(0.8%)である。言い換えれば、韓国の1%の人たちが輸出の4分の1を占有し、富の3分の1を支配する不平等を作り出している。富の集中は政治の腐敗を生む。貧富の差や成功への機会均等の考えが失われると、社会は混乱する。
    もちろん、そんなことを言うなら、トヨタだって同じだろう。国税を使って農道や山道の隅々に至るまで舗装道路を作り、日本中を自動車で埋め尽くすまで政府は自動車産業を支援してきた。トヨタが世界でナンバー1になっても、下請けメーカーはカンバン方式で利益を吸い取られ、ひとり勝ちしたのはトヨタだけだった。うがった見方をすれば、サムスンと同じで富の支配を進めただけだった。機会均等と分配あるいは再分配の平等性は失われた。現代はよくひとり勝ちの時代だと言われるが、国策として大局的に見れば、自動車メーカーを重視したか、それとも、電子部品メーカーを重視したかの違いがあるだけで、ソニーやシャープ、パナといった日本の電機メーカーの衰退をサムスンの進出で説明するのは行き過ぎかもしれない。
  • サムスンの危うさは電子部品メーカーであることだ。ムーアの法則と同じで電子部品の品質は集積度・速度を上げ、コストを下げることで成り立つ。だが、集積度が上がって行くと、製品の採用技術がハードディスクからSSDに変わったように新しい部品が古い部品を追い落とす。集積度を増した分、模倣のスピードは上がる。労働コストが安い所に最新の生産設備が導入されることでコピーのスピードはさらに上がる。東芝やシャープでなくサムスンでよいものは、近いうちにベトナムやミャンマーの山奥の現地メーカーでもできるようになる。かつて、高度成長の頃、日本の製造技術がもてはやされたことがあったが、今では、製造技術は普遍的なものでなく、単なる幻想だとわかってしまった。部品調達や製造ラインでの品質・コストの作り込みの技術は、製品の採用技術の変化に対応しないといけないものだった。生産ラインが変われば、適用される製造技術も変わるのだ。言い換えれば、商品戦略が変われば部品メーカーは生き残れなくなるということだ。電子部品がコモディティ化されると、必要なのはサムスンの電子部品ではなく、どこから部品を仕入れるかという調達戦略になる。
  • サムスンの最大のリスクはGoogleとの関係だ。Googleの事業的な伸び代はインターネット広告の拡大に加え、サービスの有料化、Android OSと対応アプリの有料化にある。想定される最大の競合は、MicrosoftとAppleだが、Windows OSを駆逐してしまえば市場での優位性は独占に変わる。そうなれば簡単には乗り越えられない参入障壁がGoogleを取り囲む。
    だが、サムスンは今と同等以上の品質の高い部品を供給できたとしても、あるいはGalaxyのアセンブルが得意だとしても、PCがそうであったように多くのPCメーカーのように目前から消え去るだろう。PCの価値はプロセサとOSに集約され、多くのメーカーは販売価格の低下と集積度アップ・小型化・スピードアップの中で妥当なコスト・利益バランスを作り上げることができず市場から徹底した。IntelプロセサとMicrosoftのWindows OSがPCコストに占める一定の割合を上回ったとき、おそらくそれは15万円前後のリスト価格になったとき、多くのPCメーカーは事業から撤退した。試算では、それはPCコストの50%前後だったのではないだろうか。
    そう考えると、10年後、サムスンに代わり、スマートフォンの組み立てをトヨタの工場でやっていたとしても驚きではないし、電子部品を生産していたとしても何の不思議もない。それはサムスンでなければならない理由がないからだ。
  • サムスンの生き残り戦略として想定されるのは、① Googleとの合弁会社設立、② Googleによる買収、③ Microsoftとの提携によるGoogle陣営からの移動とGoogleとの競合などがあげられる。今までのように日本のメーカーの技術者を引き抜き、製品にいち早くリーチする戦術では、中国やインドの似たような部品メーカーとの価格競争に勝てないだろう。逆に考えると、ソニーやシャープ、パナといった日本の電機メーカーは他社がまねできないダントツ商品に狙いを定め、一発狙いの丁半博打をベース戦略とし、基幹事業の資産を食い潰すまで意味のないペーパープランを商品戦略と勘違いして深掘りし、事業的に破綻して行くのかもしれない。いずれもシリコンバレーの強靭な自由さが生み出すものが何かを知らなければ、倒壊していく城を守りようもなく守るしかない。