つれづれ

幸せになれない理由

会社への通り道にたくさんのお寺があり、その中のひとつに幸せになる秘訣を書いてありました。

2010年12月21日、年の瀬が押し迫っていました。自分の人生の多くを振り返ってみると、本当に、幸せとは無縁な気がしました。真逆に生きてきたような気がします。

  • とても欲張り
  • すぐに腹をたてる
  • いつも愚痴ばかり

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この頃、まだ、スカイツリーは出来上がっていませんでした。

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浅草には、観光地になっている浅草寺のほかに、たくさんのお寺があります。ご存知の通り、お寺はどちらかというと生き終わったあとの世界である死後に門が開かれているところです。

  • 日本地図を作った伊能忠敬源空寺に眠っています。
  • 天才的な科学者で数学者の平賀源内は総泉寺に眠っているようですが、白鬚橋から明治通を西側に300mくらい行った道端にも石碑があります。
  • 昔、吉原の遊女が亡くなったときに投げ込まれたという浄閑寺には、作家の永井荷風がしばしば訪れた場所で、大きな文学碑碑が残っています。あたりは、いかにも花街のはずれで、少し来たに向かい隅田川を超えると北千住になります。
  • 樋口一葉は竜泉寺のある一角に住んでいたときに「たけくらべ」のテーマを得たと言います。竜泉寺は吉原のすぐ隣で、遊女になる運命の美登利に出会うには何のふしぎなこともない所です。昔、裕福な商人たちは日本橋から隅田川を上り、今では埋め立てられて名残しかありませんが、今戸橋のところから山谷堀を1kmさらに上ったところにある吉原に遊びに行っていました。女や子供たちは売られてやってきました。吉原の入口には、泪橋や見返り柳など、いかにも悲しい地名が今でも残っています。
  • 上野公園の近くには、篤姫や徳川慶喜などのお墓があります。そのあたりをひと通り歩き回ったあとで、上野寛永寺の悲惨な歴史を知ると、夜、上野公園を歩く気が失せてしまいます。

IMGP6029山谷堀を1kmくらいまっすぐ北に向かった先に吉原がある

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楽しそうなところと言えば、桜橋を渡ってすぐのところに隅田公園少年野球場があります。王貞治がこどものときに野球をしたところだそうです。また、上野公園には、正岡子規の「春風や まりを投げたき 草の原」碑があり、日本で最初に野球をしたところとして有名です。

神がかりなのは、なんと言っても、朝顔市が開かれる入谷駅のすぐ近くにある入谷鬼子母神真源寺です。この話は少し怖いです。なぜ、鬼子母神というのか、そのわけを知ったのはずっとあとになってからでした。

IMGP5894朝顔市