ひとつの見方

プラズマTVの終わり

プラズマ・テレビもまるでソニーのベーターマックス方式やiモードも、携帯電話も、のように終わってしまいまうのですね。ガラパゴス現象は、日本の産業の遺伝子的な宿命なのでしょうか。

一方では、Samsungが有機ディスプレイの特徴を活かした曲面ディスプレイのGALAXY ROUNDを韓国で発売します。技術選択だけが事業の分かれ道につながっているわけではないにしても、絶え間ない技術革新が必要だということなのでしょうね。曲面なのは実質的な表示エリアを拡大し、操作性を向上するためらしいですが、本質的には、まるめたものを広げる方がその答えに近いのでは?

galaxy-curved-displayプラズマは液晶に比べて、消費電力、寿命で負けていました。動きのあるものは見やすかったのですが、画面サイズやコスト優位性を追求しきれなかったということなのでしょうね。プラズマ陣営について来るものがいなかったことも技術の進化を止めてしまう原因になったのでしょう。

それから、プラズマの重要性について言うなら、スマートフォンやタブレットの基本技術がiOSやAndroidなどのOSやクラウド/サービスの側に寄っていると言えるのであれば、パネルは単なる部品のひとつでAかBかは選択の問題であり、重要性の問題ではなかったから別の新たなビジネスへの展開が困難だったのでしょうか。俯瞰して言うなら、OSならWinodows / iOS / Androidから択一的に選択しなければならないのに対して、部品はそうではありません。よって、戦略的な絵は、Microsoft / Apple / Googleが描くものがすべてで、あとはキャリアにしろ、メーカーにしろ、部品屋にしろ、その中でほんのしばらくの間だけ踊る構図になってしまいます。プラズマがガラパゴスで終わってしまったのは残念なことですが、もっと残念なことはひとつの技術がほかの技術に間断なく展開され、つながらなかったことです。

一発で終わる部品。短命化を加速する製品ライフサイクル中で生き残れない技術。日本から家電メーカーは消えてしまうのでしょうか。そもそも、米国にMade in USAの家電メーカーはあったでしょうか。

少し前に、シャープ、ケンウッド/ビクターなどでお話を伺ったのですが、テレビがテレビなのは厳密な規格に準じている場合であって、PCのように勝手に画面の横にウインドウを出したり、メッセージを表示したりしてはいけない、ということでした。広告表示との関係で、トヨタのCMが流れているときに画面サイズが小さくなったり、日産のテロップがPCのメッセージとして流れるような作りをしてはいけないということなのでしょうね。

もっとも、現実に起きていることは、ビデオにニュースを含めて何でもかんでも録画し、CMを飛ばして中身だけ見るという見方が一般的になってきています。全チャネル同時録画もできますから、何をどう見るかの方がだいじで、広告を飛ばす、早送りするなどは生活の知恵と言えます。伝統的なテレビがどう生き残るかという時代にスタンダードに執着することが本当に美徳かどうか?

キヤノンと東芝のSEDテレビは日の目を見る前に消えてなくなりましたが、プラズマテレビのように一旦製品として販売され、一定の高い評価を市場で得たものが消えて行くのはさみしいものです。自分の家のテレビを見て、シャープにしておいて良かったなどとは言ってはいられません。

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