徒然:幸せの定義

時計を巻き戻し、もう一度戻りたい場所があるなら、それは幸せな人生を生きてきた証拠のひとつではないでしょうか。

しかし、戻りたい場所がないからと言って、嘆き悲しむようなことでもありません。どの道、先に進むしかなく、どうあがこうが前に行くしかないからです。

現実からかけ離れた考え・空想は、安心を与えることもあれば、逆に不安の中に突き落とし、不安を煽ることがあります。そして、心穏やかでないとき、視線は現実にではなく、現実の状況を克服するために先の方に向かいます。現実あるいは思考の先になんらかの解(答え)があるものとみなし、現実とのギャップを埋めようとします。それは、チャレンジ、戦い、闘争、情熱などといった少し激しいエネルギーを伴います。

ところが、穏やかな気持ちのとき、ひとは不安からも、決して充足されることがない現実からも解放されることがあります。それはきっと心の余裕と呼ばれる状態なのでしょうね。もしも、この「余裕」が人を不安から解放するものであれば、心の持ち方が大事でそのために悟りに至る道を追求するのもひとつの方法、ということになるのでしょう。

多くの場合、普通の人はそれらのどちらか一方の側について突き進むことはできません。両サイドを行ったり来たりしながら、確たる結論もないまま時に時を重ねます。不安と安寧の間を行ったり来たりすることになります。

幸せは、自分が激しく動いているときには、それと感じられないか、遠くにあります。しかし、落ち着いているとき、波風が立っていないとき、満ち足りているなら幸せを感じられるかもしれません。そうでないなら、欠如部分を埋め合わせしようとする働きが、逆に幸せ感を排除します。

それゆえ、休んでいるとき、思い出せるものが残っていて、そこが戻りたい場所であるなら、幸せはそこにあったかもしれない、と思いたくなるのです。

本当のところはどうなのか、実はわからないのですけどね。

 

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